湯沢の犬っこまつり

2004年2月14日(土)


 秋田では、毎年2月15日前後になると伝統的な小正月行事が県内各地で開催される。代表的なところでは、全国的にも知られる横手のかまくらが挙げられるが、そのほかにも男鹿の「なまはげ柴灯まつり」、大館の「あめっこ市」、湯沢の「犬っこまつり」、六郷の「たけうち」、角館の「火振りかまくら」などなど。いずれも江戸時代から続く長い伝統のもと、近年は冬場の観光要素も織り込み、地域おこしや観光イベントとして注目されるようになってきた。とくに秋田は酒どころ。今は新酒の仕込み時期とも重なることから、酒蔵見学と伝統的な小正月行事をセットにしたバスツアーも人気を博しているという。
 そこで、今回は県南の湯沢市で行われる「犬っこまつり」に足を運んでみた。

 犬っこまつりは、元和(1615-1624)の頃から390年もの長きにわたり、受け継がれてきた伝統行事だという。
 何でも、江戸時代初期に、白昼堂々と人家を襲う白討という大盗賊がいたが、湯沢の殿様がこれら一味を退治し、再びこのような悪党が現れないようにと、米の粉で小さな犬っこや鶴亀を作らせ、旧小正月の晩に、これを家の入口や窓々にお供えして祈念させたのが、この犬っこまつりの始まりとされている。
 また、夕暮れになると子どもたちが、門口に雪で作ったお堂っこの中に犬っこを餅や甘酒などとともにお供えして、夜が更けるまで遊び明かす風習があった。
 この二つの行事が組み合わされて、いまの「犬っこまつり」のスタイルになったとされている。

 この日は、お堂に灯りが灯る頃から、雨が降り出した。せっかくの冬祭りの夜なのに雨とは残念である。南の地方から春一番の便りが聞かれるこの時期は、このようなことがよくある。これが雪なら幻想的な美しさにひたれるのにと思いながら、お堂が一堂に飾られている市役所隣りの中央公園内を雨に濡れながら駆け足で回った。あとは雨宿りをかねて、物産品販売のテントを覗いたり、中央公民館のなかに入って広報写真展などを見たりした。

 午後7時になると、中央公民館前で「湯沢南家佐竹太鼓」の演奏が始まった。本来なら野外でやる予定だったが、雨のため急遽、屋根の下で行われることになったのだ。
 湯沢は秋田佐竹藩の分家の一つである佐竹南家の城下町だったが、七代城主佐竹義安が京都鷹司家よりお姫様を迎えたのが縁で、様ざまな形で京文化が移入され、それが現代まで息づいている。京都祇園囃子を基とする「湯沢祇園囃子」もその一つで、この湯沢祇園囃子の保存・伝承と創作太鼓の研究を目的に昭和56年に結成された和太鼓団体が、湯沢南家佐竹太鼓である。湯沢南家佐竹太鼓は以来23年間、様ざまな活動を繰り広げており、海外の日本フェアなどでも演奏を行ったことがあるという。湯沢の3大祭り(七夕絵灯篭、大名行列、犬っこまつり)でも欠かさず演奏を行っているそうだ。

 この佐竹太鼓は、もとが祇園囃子からくるせいか、演奏のなかに笛や鐘がふんだんに取り入れられており、太鼓だけの演奏に較べるとその分だけ華やいだ感じがして楽しい。また、女性メンバーが多いのも特長で、ビジュアル的にもイイ感じである。今日は、雨のため狭い場所での演奏だったが、それでも所狭しと踊りながら太鼓を打ち鳴らすシーンもあって、見ていて飽きなかった。むしろ、目の前で迫力満点の演奏を聞くことができて、体全身で太鼓の響きを感じることができた。
 静の犬っこと、動の和太鼓。好対照の二つが組み合わさることによって、観客にとても良い印象を与えていると思う。このあと、花火も打ち上げられたが、雨のなかだったので煙が充満してしまい、あまり綺麗ではなかった。野外の祭りは、本当に天候に左右される。 

 湯沢は、ボクにとって、第二の故郷といってもよい懐かしい街である。東京の大学を卒業して、最初に赴任したのがこの湯沢であった。湯沢には5年間暮らした。独身寮に入り、仲間たちとはめをはずして騒いだ思い出。職場の若い同僚たちとハイキングをしたり、テニスをしたり、飲みに行ったりした街。結婚して、子どもが生まれたのも湯沢時代のことである。どうも、湯沢に来るとその頃のことが走馬灯のように思い出されてきて、感傷的な気分になってしまう。そんな湯沢の街だが、すっかりと街並みが整備されて、きれいにそしてファッショナブルに変身していた。当時の湯沢は、格式の高い古い旧家が立ち並ぶ、古色蒼然とした雰囲気があったが、いまはそんな面影は見当たらない。果たしてどちらが良かったのだろうか。もちろん、今の街並みも素晴らしいには違いないが。

あきた散歩INDEX