NO4 「一茶」を読んで 1999年6月27日(日)

 藤沢周平の「一茶」を読んだ。昭和53年に単行本が刊行されてから,もう20年以上になる。一茶は,子供や動植物の姿をいきいきと描いた多数の俳句を詠んでいることで有名な江戸時代の俳人である。一茶について知っていることといえば,その程度でしかなかった。漠然とその俳句から好々爺をイメージしていたのだが,この本を読んで妙に人間臭く俗人であるということに,驚かされている。無論,これは小説だから,藤沢周平流の一茶ということなのだろうが,一茶に関しては史実がかなり正確に残されているらしいので,創作の幅はかなり狭くならざるをえない。

 腹違いの弟と,遺産をめぐって骨肉の争いをしたり,年老いて若い嫁をもらい肉欲におぼれたり,檀家衆を回っては,一飯の世話になったりと周平の描く一茶は僕が従前に思い描いていた一茶像とは全く違うものだった。それでも,一茶が残した俳句の魅力が損なわれることはない。むしろ,一茶の人間の魅力を増してすらいる。藤沢周平は,僕の好きな作家の一人である。平成9年に没してしまい,もう新たな作品は読むことはできなくなったが,人間を描かせたらそれこそ絶品である。江戸時代という舞台を得て,現代にも通じる人間模様を描く。特に地方の藩役人の派閥争いや,退役老人の活躍話などを読んでいると,現在の県庁と変わらないなと妙な親近感さえ覚えてしまう。一茶についても,藤沢周平の本を読んで,一茶の俳句集を読みたくなった。

 痩蛙まけるな一茶是にあり
 やれ打つな蝿が手を摺り足をする  

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