NO5 松竹大歌舞伎 1999年7月4日(日)

 片岡仁左衛門襲名披露の歌舞伎が昨日,秋田県民会館で開催された。今回は,6月29日の旭川を皮切りに9月まで全国50個所を公演して回るという。去年1月に歌舞伎座で襲名披露公演をして以来,足掛け2年にわたる襲名披露公演。歌舞伎俳優は体力勝負だ。

 当代一の人気俳優の片岡孝夫が仁左衛門を襲名するとあって,この度の披露公演はどこも大盛況だったという。昨日の秋田の公演も満員の入りであった。実をいうと,去年正月に歌舞伎座で行われた仁左衛門の襲名披露公演の模様はNHKのテレビ中継で見ていた。襲名披露のハイライトは何といっても出演する役者が一列に並んで行う口上にある。「隅から隅まで,ズーイと」で締める決まり文句の挨拶はもちろんのこと,各役者のアドリブを聞かせた口上を聞くのは襲名披露の楽しみの一つである。今回はその口上の他に「鳴神」と「廓文章」の2演目が演じられた。

 「鳴神」は歌舞伎18番の一つで,朝廷に恨みを抱く鳴神上人が龍神を滝壷に閉じ込めたことから,雨が一滴もふらず人々は干ばつに苦しむ。そこで雲の絶間姫が遣わされ,美女の色香に迷った上人は破戒堕落し,行法も破れて大雨が降る,という話。
 高僧が美女に篭絡されて破戒するという,いかにも今日的なテーマであり,会話だけで劇が進むので,歌舞伎を知らぬ者が見ても親しみやすい。前半の見どころは,雲の絶間姫が自らの恋物語を身振り手振りで語り,色気と気品で高僧を手玉に取る場面。後半は,騙されたと知った鳴神上人の<荒れ>のシーン。鬘,衣装,隈取りも一変して豪快な荒事が演じられる。
 歌舞伎の楽しみは形式美にあるのだと思う。型にはまった決まり技をいかにうまく演ずるか。特に荒事などはそれにつきる。それだから,あの役者はあの決め技がうまかったと,代々言われ続けるのだ。鳴神の荒事も豪快で,たたらを踏みながら,雲の絶間姫の後を追うクライマックスのシーンは圧巻である。

 次の「廓文章」は,上方“傾城買狂言”の代表作。吉田屋の遊女夕霧に入れあげた名家藤屋の若旦那伊佐衛門,放蕩が過ぎたため家から勘当され,1年余り京の片隅に不遇の身を送るが,夕霧が病との噂を聞き,1年ぶりにかつて豪遊した吉田屋を訪れ,最後は,勘当をとかれ夕霧を身請けして,ハッピーエンドで終わるという話。
 これは,伊佐衛門を演じる仁左衛門のうまさにつきる。父親である13代仁左衛門がおはことしていた伊佐衛門の役をものの見事に演じていた。上品で,やさしくて,穏やかで,気位があって,そんな役どころが,見事にはまっていた。こういう芝居をみるとうれしくなってしまう。また,これは夕霧の役も一つのポイントだが,今回は中村時蔵が演じていて,これも艶っぽくて奇麗でとてもよかった。後ろの席で,60代前後とおぼしき女性グループが観劇していたが,夕霧のあまりの美しさに感動して嬌声をあげていた。女性が演じるよりも女っぽく演じる女形。これも歌舞伎を見る醍醐味の一つである。   

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