春の安芸路,世界遺産を巡る旅

(平成11年4月22日〜23日)

 「全国雪寒地帯対策協議会評議員会」という,長い戒名の会議に出席するため,4月22日から23日にかけて,広島に出張した。
 瀬戸内海に面したあの温暖な広島がなぜ雪寒地帯なの・・・と誰しも思う疑問に,広島県の中山間地域対策課長が会議の冒頭あいさつの中でこう答えていた。広島県の中国山地沿いの町村は豪雪地帯に指定されるほど冬場は雪が降るのだそうだ。県内にはスキー場が21もあって,遠くは九州地方からも多くのスキー客が訪れるという。
 また,それらの地域は過疎の進行も進んでいて,秋田県の過疎町村以上に人口減少が激しいらしい。近くに百万都市広島を抱えている土地柄を考えれば,若者が都会に流出するのはやむを得ない気もするが,悩みは深刻なようだ。


原爆ドーム

 会議は原爆の爆心地に程近い「鯉城(りじょう)会館」で行われた。歩いて1分ほどの場所に世界遺産に登録された「原爆ドーム」がある。会議が終わってから,懇親会が始まるまでの空き時間を利用して,原爆ドームや周辺の平和公園を見学した。原爆の傷痕をそのままに残したドームの回りは,新緑の青々とした木々や,さつきの花に彩られ,その無残な姿を一層引き立たせていた。
 5時過ぎの時間帯にもかかわらず,平和公園内は多くの修学旅行生や外国人観光客などでごった返していた。また,原爆ドームを臨む川べりには若いカップルが仲睦まじく恋を語らい合っている姿も見られた。さすがに原爆ドームを目の前にしては,違和感を覚えてしまう。感覚が古くなってしまったのかもしれない。

お好み村

 この度の出張でも,自治大で一緒だった,広島県の猪野さん,森下さん,広島市の松原さん,尾崎さんと再会し,一献を傾けた。全国のどこへ出掛けても,懐かしい旧友に会えるのは,大きな財産であり,とても贅沢なことだ。
 会議の懇親会を早々に切り上げて,旧友たちと広島の夜を堪能した。広島は瀬戸内海で獲れる魚介類が名産だが,今日はこいわしの刺身が脂がのって美味しかった。酒にも期待したが,たまたま行った店には冷やで飲める旨い酒は置いていなかった。酒には仕込みの時の寒気が必要だと思うのだが,広島はどうなのだろう。
 2次会は,これまた,広島名物のお好み焼の店へ。広島の人間は,飲んだ後,お好み焼で締めるのだそうだ。「お好み村」というお好み焼屋だけが,20数軒も集まったビルに入った。広島のお好み焼は,具と小麦粉を混ぜないで作るので,皮が薄くパリパリで,お菓子感覚で食べられる。中にそばやうどんを混ぜるのはそのためだろうか。ただ,箸を使わず,ヘラだけで食べるのは慣れないと難しい。

厳島神社

 翌日は,中山間地域の施設を見学した後,午後からフリーになったので,一人で宮島観光に出掛けた。宮島厳島神社といえば,日本三景の一つであり,世界遺産にも登録されている,広島観光の一大名所だ。平日であり,雨模様の天気のため,観光客は多くはなかったが,中学生や小学生の団体が数多くいた。宮島名産といえば,あなご飯としゃもじ,それに紅葉饅頭。宮島に渡ってから,あなご飯の昼食を頂き,お土産にしゃもじと,紅葉饅頭を買った。まずは定番コース。何事も基本から入らないと,道は極められない(なんのこっちゃ)。
弥山

 厳島神社を一回り見学した後,時間があったのでロープウェーに乗り,弥山(みせん)に登る。原生林に囲まれた日本猿と鹿の楽園地。頂上まで登ったが,スーツに革靴で来るべき場所ではないと悟ったのも後の祭り。昨日のビールがすっかり抜けるほど汗をかいた。それでも,神山にこもる霊気のようなものは十分に感じとることができた。
 山頂から見る瀬戸内海の景色もまた素晴らしい。晴れた日には四国の山並みも見えるそうだが,あいにくの天気で点在する島々だけしか望むことができなかった。それでもこの美しさ。

 今回の出張は往復に寝台夜行列車を利用した。急いでいるときは飛行機もいいが,列車に揺られて長旅をするのもきらいではない。帰りは,和歌山から秋田の友人の結婚式に出席するという若い女性と向かい合わせの寝台になり,楽しい夜が過ごせた。知らない人同士,話をはずませることができるのも汽車旅行の醍醐味の一つだろう。
 木村雅彦(平成11年4月25日)