金沢・能登旅日記

(平成11年7月31日〜8月1日)

 東京都南麻布に自治大学校という古ぼけた建物がある。地方自治体職員のための研修施設だが,その敷地内に麗沢寮という名の宿舎があって,全国から研修で集まった人間は必ずそこに寝泊まりしなければならない。私がその麗沢寮で暮らしたのは,今からちょうど2年前,平成9年10月から翌10年3月までの6ヵ月間だった。
 麗沢寮は5階建ての建物で,1フロアに40人ほど宿泊する。フロアの中央に,寮生からロビーと称されている集いの場があって,ソファーやテーブルが並べられている。そこでは,連日各地の地酒や郷土料理を肴に交流会が繰り広げられていた。私は2階フロアの住人だったが,その2階フロア会が今年は金沢で開催されることになった。
 昨年は東京で開催されたこのフロア会だが,金沢に行ってみたいという声が強く,札幌を1票差で破っての当選だった。私も初めて訪れる地であり,胸を躍らせて夜行寝台日本海4号に乗り込んだ。

輪島朝市
 日本海4号が金沢駅に着いたのは,7月31日午前6時20分。駅はまだ寝静まっていて,西口角にあるコンビニエンスストアだけが動いている。フロア会までちょうど12時間ある。この時間を利用して能登半島巡りの定期観光バスに乗った。バスの最初の目的地は輪島。輪島塗りと朝市で有名な所だ。朝市は4と9の日を除く毎日開催されている。売り子のご婦人たちの「買うてくだあ」の声に誘われて,いつの間にやら両手に大荷物となるそうだ。私も朝市の通りを往復したが,辻辻で声を掛けられては,何か買わされそうになる。輪島では,毎日この活気が続いているのだ。途中,キャンディー屋さんがあったので,昔懐かしいあづきのキャンディーを買った。カチンカチンに凍っていて,とても美味しかった。 

厳門洞窟
 バスが次に向かったのが,能登半島の外海岸隋一の観光名所,厳門だ。松本清張の「ゼロの焦点」で有名になった自殺の名所でもあるらしい。バスから降りると照り付ける日差しが猛烈に暑い。今夜のフロア会に出席するため,札幌市から訪れていた松村さんご夫妻と偶然バスで一緒になったので,暑いですねと声をかけた。昼食をとりながら,松村さんと話をしたが,去年の経緯から考えて来年のフロア会は札幌になるかもしれないと話していた。いずれにせよ,今夜のフロア会の投票で決まる。
 長い階段を降りて洞窟に入る。ひんやりとしていて気持ちいい。突然視界が開けて,日本海が見えた。真っ青な空がとても美しい。入り組んだ地形と荒波に削られてできた奇岩の自然美。どこか,秋田の男鹿半島の海岸風景に似ていると思った。
厳門

石川近代文学館
 金沢市に戻り,今夜の宿「ホテルアクティ」にチェックインして,猛暑の中を市内散策に出た。石川近代文学館がホテルのすぐ近くにあったので,まずそこを訪ねた。旧制第四高等学校の図書館だった煉瓦造りの建物は,風格があって歴史の重みを感じる。金沢は太平洋戦争中,一度も空襲を受けなかったそうで,古い建物が市内の随所に残っている。金沢といえば,泉鏡花・徳田秋声・室生犀星をはじめとして多くの日本近代文学を支える作家たちを輩出してきた所だ。そうした石川県にゆかりのある文学者たちの資料を集めたのが,この文学館である。周囲の喧騒が嘘のように,文学館の中は森閑としていた。

武家屋敷跡
 香林坊という金沢一の繁華街から,ちょっと西側の小路に入ると,土塀に囲まれた長町の武家屋敷跡が現れる。曲がりくねった小道をしばし散策する。実際に使われている住宅なので,屋敷内に入ることはできないが,通りを歩くだけで十分に昔ながらの城下町の風情が感じられる。時折,屋敷内から真っ赤なスポーツカーが出てきたりするが,そのミスマッチがなんとも言えない。
 百万石通りを抜け犀川まで足を延ばした。広い芝生の川原を歩く。格好の犬の散歩場となっていた。室生犀星が最も愛したという犀川。そのほとりには,犀星の句碑が建てられてあった。

 いよいよ,今回の旅行の目的である2階フロア会に出席した。21人の出席を数えた。金沢という場所柄か,中部・近畿地方からの参加者が多いようだ。金沢は魚が美味しいというので期待したが,季節がちょっと合わなかったのかもしれない。それでも金沢の味覚を十分に堪能した。
 宴半ばになって,時期開催地の選出に移ったが,自薦・他薦含めて,3個所の投票となった。札幌,大阪,湯布院の3個所である。プレゼンテーションをした札幌市の松村さんの説明が効を奏したのか,1回の投票で札幌市が過半数を制し,来年は札幌市での開催が決定した。来年は札幌で会いましょうを合い言葉に1次会を終了し,三々五々金沢市の夜を堪能した。

兼六園
 翌日,石川県の北さんと,金沢市の二宮さんに案内されて,日本三名園の一つ,兼六園を見学した。兼六園の名の由来は,宋の詩人,李格非の「洛陽名園記」に記されている名園の条件「宏大,幽邃,人力,蒼古,水泉,眺望」の六勝を全て兼ね備えていることから,奥州白河藩主・白河楽翁が命名したという。その名のとおり,天下の名園である。特に園内の各地にある松の枝振りが素晴らしい。自噴式の噴水は,日本最古のものだという。動力を全く用いず,池との落差だけで3メートル近く水が噴き上がっている。

 金沢は,城下町であることを強烈に主張している町である。古い街並みと近代的なビルが同居していて,互いに共鳴している。また,多くの文学者に愛された町であり,文学の香りが町のあちこちに感じられ,今でも多くの観光客が訪れる観光地でもある。この2日間,町がもつ歴史の重みと,その深さに威圧される思いで町を歩いた。
 帰りは,特急白鳥に乗ったが,秋田まで7時間半の行程だった。日中の汽車旅としては,久々の長旅である。本を読み,疲れた時は眠り,日本海の美しい風景を見ながらの汽車の長旅も悪くないと思った。飛行機や新幹線もいいが,たまにはこうしてゆったりとした旅もいいものだ。
木村雅彦(平成11年8月7日)