東京麻布界隈

(平成13年1月30日)

 妙に懐かしい空間がある。僕にとって,麻布とはそういう街である。平成9年10月から平成10年3月までの半年間,僕はこの街で暮らした。南麻布にある自治大学校に研修で来ていたのだ。全国の自治体から集まった120人余りの職員と寝起きを共にした。
 たったの半年間だったけれど,四六時中一緒にいると,その濃密な関係はただものではない。勉強ももちろんしたけれど,それ以上に仲間づくりに励んだ。毎晩,毎晩,寮のフロアの溜まり場に集まっては,全国各地から取り寄せられた地酒や郷土料理に舌包みを打つ毎日。
 一日中同じ場所にいるので,運動不足になってはといけないと,毎朝,テニスか散歩をするように心がけた。始めの頃はテニスをやることが多かったのだが,段々ハードになってきて,後半は散歩に移行していった。散歩といっても毎朝約1時間掛けるので,東京タワーや泉岳寺,渋谷,代官山,乃木坂,六本木など結構色々なところへ出掛けたものだ。
 今回,東京出張が午前中で終わったので,当時を思い出して散歩コースをたどってみることにした。

 地下鉄日比谷線の広尾駅から自治大学校に向かう途中,南部坂の下にあるのが,「ナショナル・スーパーマーケット」。この界隈はドイツ大使館やフランス大使館など,外国大使館が目白押しで,外国人がワンさといる。日本人よりも外国人の人口密度が多い空間である。
 自治大学校にいたときも,ここからワインやナッツ系のツマミを買ってくる人が居た。純粋日本人である僕にとってはどうもなじめない味だった。寮の売店のおばさんのご主人がドイツ大使館に勤める人で,一度,ドイツ大使館の中のアパートに案内されたことがある。そこで振舞われたドイツビールは美味しかった。 

 有栖川宮公園とドイツ大使館を横目に見て,南部坂を登りきったところに,自治大学校はある。この自治大学校も平成15年には立川に移転するのだそうだ。あと2年余りの余生である。自治大学校の前庭には,まだ雪が残っていた。東京は3年ぶりの大雪に見舞われていて,この週末は交通網がずたずたになっていたのだった。そういえば,当時も大雪が降っていた。九州や四国から来ていた人たちは,朝早くから,童心に帰って大騒ぎで中庭のテニスコートに雪だるまを作っていた。今年もそんな光景が見られたのだろうか。 

 自治大学校を通り過ぎ,突き当たりを右に折れると,仙台坂上になる。この辺りは元麻布といって御屋敷が立ち並ぶ比較的閑静な住宅街である。仙台坂を下りる途中に韓国大使館がある。そのせいか,美味しい焼肉店も多い。自治大学校に居た頃はよく食べに行ったものだ。
 仙台坂を下りきって左に曲がると,そこは麻布十番商店街。ここには昔からの老舗とおしゃれなブティックなどが混在とした不思議な空間である。先日,「ウチくる」という番組でマックスがここ麻布十番に住んでいたというので紹介されていたが,ほとんどわからなかった。麻布十番なんて,ホントに狭い空間なのだが,奥はとても深いのである。
 その麻布十番のほぼ中心に位置する童謡「赤い靴」の銅像。
 「異人さんに連れられて行っちゃった」とは,何とももの悲しい童謡。
麻布十番とはどんな関係があるのだろう。 

 麻布十番には美味しい蕎麦屋さんがある。そのうちの一軒「更科堀井」さんに入って「もり」を一枚いただく。隣にいた女性は,もりと更科をそれぞれ一枚ずつ食べていた。蕎麦とはそういうものなのかもしれない。ただ,僕はそのとき,昼食の弁当を食べた後だったので,とてもそこまでは食べられなかった。あとから入ってきた男女のカップルは,酒とつまみを頼んでいた。昼下がりから,男女で酒をのむ。そうなのだ。蕎麦屋とはまさにそういう空間なのである。うらやましかったが,そのときも僕は二日酔いで苦しんでいたのである。 

 
 満腹になった腹ごなしに,さらに散歩を続ける。麻布十番から六本木に向かい,六本木通りを西麻布交差点で曲がり,元来た広尾駅へと向かう。さらに,広尾商店街から恵比寿ガーデンプレイスへと歩き,恵比寿駅でやっと散歩を終了した。恵比寿の駅ビルにある喫茶店でカプチーノを飲んでしばし休む。
 さすがに歩きつかれたが,天気が良くて,気持ちのよい散歩だった。麻布界隈は当時と全く変わらない顔を僕に見せてくれた。本当は,もっと色々なところに立ち寄りたかったのだが,僕が知っているところといえば,飲み屋と食べ物屋くらいだからなぁ。昼に,厚生労働省が出してくれた弁当を食べなければ良かったとちょっぴり後悔したのであった。